新前橋マルシェ

どうも

Nです♥

弊社staffを紹介します。C6HXmJrUoAAex03

『誰かなー 楽しみだなー』

『楽しみだなー』

 

われらサンビック 工事部 公共工事過去最高得点 83点

A ひろゆき先輩をご紹介したいと思います。

 

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                 『いてーよー』

痛いらしいです。

普段 温厚な荒井先輩も

お腹がすくと

line_1522383738977獲物を探して暴れ始めます。

今回彼の空腹を癒すエサとなったのは・・・

磐田です。

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お腹いっぱーいになったひろゆき先輩は

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はい 寝ました。

今回彼が寝てしまいこれ以上の

取材が不可となったため

次回に持ち越し致します。

ここまでお読みいただき

ありがとうございました

でした♥

 

 

 

 

 

 

 


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新前橋マルシェV ~なお先輩と愉快な仲間たち~

こんにちは!

 

 

4月といえば新前橋マルシェですね!!

 

 

4月14日9時~12時 新前橋マルシェ

 

 

例のあの人が頑張ってくれています!!

 

 

 

今回も焼き芋、無料配布!!

 

 

探しに行く気満々です。

 

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新イベント、ミニバザーも行います!!

 

 

掘り出し物もあるかも!!

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ぜってえ来てくれよな!!

 

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最高に美味な焼き芋を目指して ~その1~

皆さん、こんにちは。GENZOです。

三月下旬、第1回焼き芋練習を行いました。

石の上で焼く、まさに石焼き芋

じっくりと時間をかけて焼くことにより甘く仕上がります。

マルシェまでに最高に美味な焼き芋を目指してこれからも練習していきます!!

昨年経験している先輩方に教わりながらおいしい焼き芋を作っていきますよ!!

 

使用した芋の紹介をしていきます。

焼き芋1 (1)

 

鹿児島県種子島産、驚くほど甘く、クリーミーな味わいの「みつ姫」

焼き芋1 (4)

同じく鹿児島県産で、ねっとりとした食感で甘さが売り「安納芋」

安納芋

茨城県産、強い甘さにもかかわらず、すっきりとした後味の「紅はるか」

焼き芋1 (5)

おいしい焼き芋を食べられるのは4月14日(土)

皆様のお越しをお待ちしております。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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自然住宅サンビック  第弐拾弐工事 生きるうえで

毎度 いつもお世話になっております

N♪です

今週のテーマ曲は、この別れと旅立ちの季節

Whitesnake のHere I Go Againです

YouTube Preview Image

ホワイトスネイクといえばデイヴィッド・カヴァデールが1977年に結成したバンドです

そのデイヴィッドといえば第3期Deep purpleで名曲BURNなどに関わっています

そして「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は元々1982年のアルバムSaints&Sinners」の収録曲でした

1987年に発表したWhitesnake白蛇の紋章~サーペンス・アルバスでセルフカバーで出した曲です

この曲で念願のアメリカシングルチャートでナンバー1を取りました

アルバムもビルボードチャートで最高2位まで昇り詰めました

ちなみに1位はマイケルジャクソンのバッドです。

それはそれとして、大変イイ曲です。

今回の言葉は有名な

ネルソン・マンデラ(南アフリカ共和国の政治家、ノーベル平和賞受賞者 / 1918~2013)

の言葉

生きるうえで最も偉大な栄光は、

決して転ばないことにあるのではない。

転ぶたびに起き上がり続けることにある。

The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.

ネルソン・マンデラは27年間も獄中にいましたが、アパルトヘイト撤廃に尽力し

ノーベル平和賞・南アフリカ大統領にまでなりました。

 

2009年の映画 インビクタス・負けざる者たち をごらんになるとよくわかります

劇中でマンデラが繰り返す詩

「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」

は、英国の詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩インビクタス」の一節

(最後の2行I am the master of my fate,/I am the captain of my soul.)。

ヘンリーは幼少期に骨結核にかかり、十代で片足を切断。

この詩は不運にみまわれたわが身の魂の救済をもとめて書いたもの。

どんな運命にも負けない不屈の精神を詠っている。

小平奈緒が李相花(イ・サンファ)に言った「チャレッソ」の深い意味は?

 

平昌(ピョンチャン)オリンピックのスピードスケート女子500mで、

小平奈緒はすばらしい優勝を成し遂げた。

それまで五輪2連覇を達成していた韓国の李相花(イ・サンファ)に勝ったという意味でも、

価値ある金メダルだった。

その小平奈緒が、レース直後に李相花にかけた言葉が印象的だ。

小平奈緒と李相花は、金メダルを争うライバル関係にありながら、

友人同士として仲がいいことでもよく知られている。

それだけに、厳しい勝負の世界では心境が複雑だったに違いない。


特に五輪2連覇を達成している李相花は、

韓国でも女帝と称されるほどのスーパースターであり、

地元開催だけにプレッシャーも並大抵ではなかっただろう。
実力を比べてみると、この数年間で急上昇した小平奈緒が、

最有力の金メダル候補になっていた。

李相花は、ひざの故障などもあって実力が発揮できない日々が続いていたが、

本番に向けてしっかり調子を整えてきて、史上に残る名勝負となった。
多くの人が感動したのは、そのレースが終わった直後である。

涙を見せる李相花を抱きしめた小平奈緒は、

優しく「チャレッソ(잘했어)」と声をかけた。
この「チャレッソ」とはどういう意味だろうか。

韓国語を細かく分解すると、

「잘했어」は文字どおりだと

「チャルヘッソ」と読むのだが実際にはリエゾン(連音化)して

「チャルヘッソ」が「チャレッソ」になる。

意味はまさに「よくやったね」。

小平奈緒のほうが年上だけに、年下に向けて言う言葉としては一番ふさわしい。
何よりも、李相花の心情をよくわかっていたからこそ、

小平奈緒は素直にそういう言葉が言えたのだろう。

地元開催で、どれだけ李相花が重圧を感じていたことか。

その重圧から解き放たれた李相花に向かって、

「本当にあなたは立派だった」という意味で「チャレッソ」と言ったのだろうし、

その言葉が李相花を心からなぐさめた。
もしも、李相花が優勝して小平奈緒が2位であったならば、

小平奈緒はおそらく「チュッカヘ(おめでとう)」と言ったに違いない。
そういうことを素直に言えるのが、小平奈緒の人柄の良さだ。

たとえ、結果がどうであろうとも、小平奈緒はライバルであり友人でもある李相花に対して、

尊敬と親しみを込めて最高の言葉をかけてあげたことだろう。
今回はそれが「チャレッソ」だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)http://syukakusha.com/2018/02/21/%e5%b0%8f%e5%b9%b3%e5%a5%88%e7%b7%92%e3%81%8c%e6%9d%8e%e7%9b%b8%e8%8a%b1%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%83%bb%e3%82%b5%e3%83%b3%e3%83%95%e3%82%a1%ef%bc%89%e3%81%ab%e8%a8%80%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%8c%e3%83%81/

『あさイチ』で井ノ原快彦が元東電社員の原発擁護論に真っ向反論!「いまも家に帰れない人がいる」「命が一番大事」

リテラ / 2018年3月11日 10時0分

東日本大震災発生から7年。あの福島第一原発の事故の記憶ですら”風化”させられそうになっている。あれだけの未曾有の人災にもかかわらず、安倍政権による原発再稼働は待ったなしの状態で、今月には佐賀県玄海原発が再稼働を強行される見込み。そうした背景には、3.11後の安倍政権のもと、原発御用学者や御用コメンテーターを重用してきたテレビの責任も大きいだろう。

 そんななか、今月5日放送の『あさイチ』(NHK)が「知りたい!ニッポンの原発」と題した特集を行い、そこでのMC・井ノ原快彦の発言が反響を呼んでいる。

 まず番組は、福島原発の事故を受けて出した政府方針や現在稼働中の原発を紹介するという、いかにもNHKらしいベーシックなスタジオ解説で始まった。そのなかでイノッチは、電力が不足していない現状で原発再稼働を推し進める政府方針にこう疑問を呈した。

「ちょっと節電しなきゃいけませんよという状態がずっと続いているんだったら、『再稼働しなきゃいけなくなっちゃったんだ』って思うんでしょうけど、そういう状態ではなさそうだよなっていう」

 当然の指摘だ。たとえば東京新聞が8日付で報じていたが、昨年、夏の電力の供給余力は、実は東日本大震災前を大幅に上回っていたという。これは、「電力広域的運営推進機関」の数値をもとに東京新聞が算出した結果によるもので、夏の最大使用電力は震災前の2010年に比べ2400万キロワット減少し、再生エネルギーと節電の合計で、原発44基分にあたる4400万キロワットの余力をつくり出した計算になるという。

 つまり、太陽光などの再生エネの拡大などによって、原発がなくても必要な電力は現状、十分にまかなえているのだ。また、記事では〈福島原発事故から七年がたとうとする中、電力の供給余裕が震災前の水準を超えて拡大、「電力を安く安定的に供給するには原発が必要」としてきた安倍政権や経済産業省の主張は根拠を失っている〉と解説されているが、これもその通りとしか言いようがない。

 政府と原子力ムラが垂れ流してきた原発安全神話は福島原発の事故で崩壊したが、「原発を止めたら電力不足になる」という政府の言い分も、もはや完全にウソであることが立証されているのである。

 

●イノッチの「原発再稼働しなくても電力は十分に供給されている」は正しい

 その意味でも、井ノ原が『あさイチ』で呈した”電力は十分に供給されているではないか”との疑義は、まさに事実認識としても正しい。だが、イノッチの発言が注目を浴びたのは、さらに踏み込んで、原発擁護派の研究者の理屈に真っ向から反論し、それが極めて真っ当なものであったからだろう。

番組では最初のVTRで、6号機と7号機の再稼働を目指している新潟県柏崎刈羽原発への取材が流されたのだが、その内容は主に原発の「安全対策」に焦点を当てたものだった。

 スタジオに戻ると、専門家として元東京電力社員でNPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員の竹内純子氏と、再生可能エネルギー関係の著書も多いエネルギー学者の飯田哲也氏が登場。再稼働容認派の竹内氏と脱原発の飯田氏を並べ、この二人の研究者による解説を中心に進んでいくことになる。

 そして、MCの有働由美子アナウンサーから「これだけ(電気料金に上乗せされる)コストをかけて安全対策をしてまで、やっぱり再稼働しなきゃいけないのかっていう気持ちになるんですが」と聞かれた竹内氏は、こんな話を長々とし始めた。

「国民にとってのリスク、メリット、そして時間軸ということをやっぱり両方考えないといけないんですけど、みなさん先程冒頭に『原発止まってても生活できてたよね、変わりなかったよね』とおっしゃってたんですけども、実は水面下で、私たちが気がつかないところで実はリスクって大きく膨らんでいて、たとえば電気代。震災前と比べて大きく上昇

してしまっていたわけです」
「あと、いまの危機ではなかったにしても温室効果ガスをすごく、原子力を止めることで、他の手段、火力発電という石炭とか石油とかを燃やすことによって出すエネルギーをつくることで、温暖化のリスクを逆に高めてしまっていた。ということがあるので、自分たちに見えるリスクだけがリスクだけじゃない。いますぐゼロにするということはやっぱり他のリスクが大きすぎるということで、一定程度(原発を)使っていこうと。で、先程も(VTRのなかで原発の安全対策にかかる巨額費用の)原資が電気代ですということがありましたけれども、いままでわれわれの電気代でつくってきた発電所を、これをどうやって使っていくか、使い切るか、安全に廃炉まできちんともっていっていただくか、ということを総合的な視点が求められると思います」

●元東電社員の「電気料金が上がる」に「命」の問題で対抗したイノッチ

話は長いが竹内氏のロジックは単純で、ようは「原発ゼロはコスト面や環境等の『リスク』が大きいので原発再稼働をしよう」という話である。しかし、そこには、取り返しのつかない事故を起こしてしまう危険はもちろん、安全対策や将来の放射性廃棄物処理、そして廃炉時の膨大なコストがまったく考慮されていない。また、震災後、電気料金が高くなったのは、原発が止まったからだけではなく、円安の影響も大きい。さらに、今後の電気料金にはそれこそ巨額の原発事故処理費用が上乗せされる。それでも竹内氏は「見えるリスクだけがリスクじゃない」などと言い張って再稼働を正当化し続けるのだ。

いったい、この元東電社員の「研究者」は何を言っているのだろうと呆れていると、柳澤秀夫NHK解説委員がすぐこう指摘した。

「いま、リスクっておっしゃいましたけど、われわれリスクって言われるとね、あ、大変だなって思っちゃうんですけど、広い意味でリスクって考えたときに、たとえば原子力発電所の場合は発電所から出てくる廃棄物もあるし、それから福島の事故にしても、廃炉まで40年と言われていますけどどこまでかかるんだろうっていう、それも一方のリスクなんですよね」

 そして、それに続けて井ノ原が、竹内氏の「原発ゼロはリスク」論に対し、こう鋭くえぐったのだ。

「それがあっていま、この話になっているんですよ。もともとはやっぱり、電気代が上がっているのも知ってますし。だけれども、あの怖い思いをして、いまだに家に帰れない人たちがいるっていうことでいまこの話をしていると、僕は思っているんですよね」

井ノ原の言う通りだ。再稼働容認派はいろいろと理屈をつけて「原発を稼働させないことのほうがリスクだ」とがなりたててきたが、現実に、福島原発事故により、いまだに故郷に帰りたくても帰れない生活者が何万人もいる。廃炉の見通しはいっこうにたたず、家族同士で引き裂かれた人たちも少なくない。

 しかも井ノ原の発言はここで終わらなかった。「はい、もちろん……」と口を挟もうとする竹内氏を半ば静止するように、声を大きくしてこう強調したのである。

「もちろん、そこらへんのリスクっていうのもわかるんですけども、命が一番大事だよねっていうところで、この話になっているような気もするので」

 そう。なにより原発は、人びとの生命を、それも何百万、何千万という凄まじい単位で危険にさらす。その事実は、電気料金だの温暖化だのといった「見えないリスク」なるものと比較することもできなければ、もはや「リスク」と表現することすらできない致命的な欠陥なのだ。そうした事実をネグって、生命以外の「リスク」を強調するのは、端的に言って原発再稼働ありきの詭弁以外の何ものでもない。

●惜しまれる井ノ原快彦、有働由美子コンビの『あさイチ』3月降板


 だが、これに竹内氏は「技術を利用しないことによるリスクもある」などと強弁し、イノッチに対して「いま井ノ原さん電気代が上がっていたのをもちろん知ってたけど、とおっしゃってくださいましたけど、あまり意識していない方が多い」などと言い出した。しかし、井ノ原は一歩もひかず「そんなことはない」と反論。こう続けたのだ。

「なんで(電気代が)上がっているのかというのをね、細かく知っているかはどうかは別としても、なんかやっぱり上がっているというのはニュースにもなっているし、取り扱っていると思っているんですね、われわれとしても」

 繰り返すが、人の命よりも重大な「リスク」など存在しないし、これをもち出すとしたら「人命よりも再稼働」と正直に言わないといけない。井ノ原が『あさイチ』で突きつけたのは、まさにそうした原発容認派の詭弁への正面からの回答だろう。

これまでも井ノ原は、安倍政権が進める好戦的なムードに報道さえもまっすぐに「反戦」を打ち出せないなかにあって、『あさイチ』で「いつ(戦争が)起きてもおかしくないっていうのを、もうちょっとリアルに想像できるかなって」「たとえば日本でひとつの流行が起こったときに、誰が止められるかっていえば、誰も止められないじゃないですか」と危機感を表明。また、安倍首相や日本会議などの右派が猛反発している夫婦別姓についても「(氏名が)同じでも一体感がないときもある」「他人同士でも一体感は生まれるから」と一蹴するなど、踏み込んだ発言をしてきた。

 しかもその目線は、決してインテリぶったものでも、ネット右翼がいう「サヨク」的なものでもなく、ひとりの生活者としての実感に根付いたものだ。今回の「命が一番大事だ」という原発容認派への反論にも、そうした井ノ原の実直さが表れている。

 だが、”安倍さまのNHK”と揶揄される状況下で、こうした番組での発言にはプレッシャーもあったのは想像にかたくない。先月、NHKは井ノ原と有働アナが3月末をもって『あさイチ』を降板すると発表した。長く好視聴率を維持する看板番組の人気MCがふたりそろって降板というのは異例のことだが、リニューアルとともに『あさイチ』のリベラルなスタンスも変化させられてしまうことが懸念される。以前、イノッチは『あさイチ』でこう話していた。

「まわりから『そんなこと言わないほうがいいんじゃない?』と言われるような、そういう人がいなくなるのがいちばん怖い」

 番組は降板するが、井ノ原や有働にはこれからも生活者の視点から政治権力やその政治に物申す、まっとうな言論を続けていってもらいたい。本サイトは、そんなイノッチたちを応援している。
(編集部)

https://news.infoseek.co.jp/article/litera_7622/?p=1

というわけで、


ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございました

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今宵はここまでにしとうございます

であまた

それではみなさん、おやすみなさい

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https://www.athome.co.jp/ahst/sanbic.html

 

 


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花見シーズン到来!!

皆さん、こんにちは。GENZOです。

前橋市は3月25日に桜の開花が発表されました。

昨年より8日早い開花とのことです。

満開の予定は30日付近で天気も晴れ予報...

絶好の花見日和みたいです。

私の地元長野県上田市は4月上旬から中旬にかけて開花するので、

三月に桜が咲いているのは新鮮な感じがします。

群馬に引っ越してきて初めての花見シーズンなので、

色々巡ってみようと思います。

↓昨年撮影した上田城の桜

上田城桜

話は変わりますが、4月14日土曜日からサンビック敷地内で

マルシェ&ミニバザーを行います。

今回の無料配布は焼き芋です!!

他にもおいしい物がたくさんありますので、

ぜひぜひお越しくださいませ。

↓マルシェ&ミニバザーのチラシ

マルシェチラシ

ここまで読んでいただき、ありがとうございます


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2回目!!

皆さん、こんにちは。GENZOです。

17日土曜日にオープンウォーター講習に行ってきました。

景色を見ながら楽しく出来た一方で、

8m付近で命綱のボンベが繋がっているBCジャケットを脱ぐ講習は

恐怖しか感じませんでした。

  ↓講習場所の八幡野港

八幡野港

釣り場なのかもしれません、釣りをしている方も大勢いました。釣りしたい...

 

講習は次回が最後で学科試験があります。

インストラクターさんが言うには、百人に1人の確率で落ちるそうですよ。

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……しっかりお勉強します。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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初めまして。

皆さん、初めまして。GENZOです。よろしくお願い致します。

初投稿でいきなりですが、グッピーを買いました。

これから魚を飼ってみたいと思っている方、おススメです(^O^)

「飼育、繁殖」が比較的簡単で、初心者にお勧めの熱帯魚として有名ですが、

簡単に飼育、繁殖出来るため餌目的での飼育もされるちょっぴり可哀そうな魚です。

      ↓グッピー達

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↓グッピーと愉快な仲間たち

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生き物を飼っている、飼おうと考えている方々へ…

面倒は最後までしっかりと…

捨てたりするのは、駄目、絶対…

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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自然住宅サンビック 第弐拾壱工事 世界には、

毎度 いつもお世話になっております

N♪です

今週のテーマ曲は2月14日あたりになるとふと思い出すこの曲

UP-BEATの1990年発表の10枚目シングルRainy Valentineです

YouTube Preview Image

今までもこれからもバレンタインには御縁がありませんが、

2018年2月1日に日本経済新聞に掲載されたゴディバジャパンの新聞広告が

話題になりました

「日本は義理チョコをやめよう」

バレンタインデーは嫌いだ、という女性がいます。その日が休日だと、内心ホッとするという女性がいます。なぜなら、義理チョコを誰にあげるかを考えたり、準備をしたりするのがあまりにもタイヘンだから、というのです。気を使う、お金も使う、でも自分からはやめづらい、それが毎年もどかしい、というのです。」

「それはこの国の女性たちをずっと見てきた私たちゴディバも、肌で感じてきたこと。もちろん本命はあっていいけど、義理チョコはなくてもいい。いや、この時代、ないほうがいい。そう思うに至ったのです。」

「そもそもバレンタインは、純粋に気持ちを伝える日。社内の人間関係を調整する日ではない。だから男性のみなさんから、とりわけそれぞれの会社トップから、彼女たちにまずひと言、言ってあげてください。『義理チョコ、ムリしないで』と」

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「日本はバレンタインデーをやめよう」

とか、{日本ではバレンタインデーはチョコレートを食べる日}とかでよいのではとおもう

そんな悪態をつく人にはチョコレートは来ないのです。

いままでも、これからも

 

 

それでは今回の言葉は

世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。

その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。

ひたすら進め。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)

ドイツの哲学者・ニーチェは、人生の本質に関して

「きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道」という言葉を用いて定義した。

実存主義の先駆者ともされるこの哲学者は、「運命」などといった言葉を用いたりはしない。

天道など歩むことはない。

自分で選択した人生こそ、君にしか歩むことのできない唯一無二の道なのだと。

京大ナンバーワン教官が教える「勉強することのホントの意味」

推古元年(西暦593年)4月、聖徳太子は現在の大阪・四天王寺に、仏法修行の場として「敬田院」を開設した。

この日本で初めてつくられた公教育施設である敬田院の精神を受けつぎ、社会に貢献する女性の育成に力を入れているのが、学校法人四天王寺学園が運営する四天王寺中学・高校である。

 

 

2017年11月6日、その四天王寺中学の女子中学生約500名に、「なぜ勉強するのか」と題した講演が行われた。

演台に立ったのは、京都大学ナンバーワン人気教官の瀧本哲史氏。同氏は『ミライの授業』『武器としての決断思考』などのベストセラー作家としても知られている。

「ミライ」を生き抜いていかねばならない彼女たちに、瀧本氏は何を語り、どんなメッセージを贈ったのか。

(瀧本先生の人気記事 「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子供に聞かれたら、こう答えよ はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49003)

どうして勉強しないとダメなのか

 

「どうして勉強しなければならないのか?勉強しなければならない理由とはなにか?」

今を生きる多くの大人も、かつては抱いたであろうこの疑問。大阪市内の伝統ある女子名門校として知られる四天王寺中学だが、その講堂に集まった約500人の女子中学生たちも、日々感じているに違いない。瀧本氏はその答えを解き明かすために、「まず最初に、いま世の中で起きている大きな変化について、説明したいと思います」と講義を始めた。

「みなさん、資本主義って言葉、聞いたことあるでしょう。資本主義というのは、一言でいえば『好きなものを、誰でも自由にお金で買える社会』のことです。日本やアメリカをはじめ、いま世界のほとんどの国がこのシステムを採用しています。それに対して『社会主義』というシステムもあります。

社会主義の国では、どこかにいる偉い官僚や政治家が『みんなはこれを買いなさい』と決める仕組みで社会を運営しようとしました。しかし、これはほとんどの国でうまくいきませんでした」

資本主義の社会では、何かを作るのが得意な人が、自分の好きなものを作り、それを自由に売ることでお金が儲けられる。

そのことによって企業や人々の間で健全な競争が起こり、世の中が便利に進歩していくというシステムだ。しかし近年、この資本主義システムが世界中で急速に進行したことによって、「あらゆる人が世界中から一番良いものを一番安く買えるようになり、そのことが日本経済の低迷をもたらした」と瀧本氏は語る。

「iPhoneを作っているアップルは、どこの国のメーカーだかわかりますか?」ステージ上から中学生たちに問いかけると「アメリカ!」とあちこちから声が上がった。

「そうです。でもじつはiPhoneの中の部品は、ほとんどが日本や台湾、韓国製です。スマホの組み立て自体も中国や台湾で行っていますから、『どこの国で作っている』と一言では言えないんですね。

スマホを持っている日本人のうち、今は半分ぐらいの人がiPhoneを使っています。富士通やNECなどの日本メーカーもスマホを作っていますが、シェアはiPhoneに比べれば非常に小さい。

昔はメイド・イン・ジャパンが『世界最高品質』の証明でしたが、今やそんなブランドイメージはゼロになってしまったんです」

資本主義が進んだ結果、現在の世界は、iPhoneのようなそれまでにない、まったく新しくて画期的な製品を最初に作りあげた企業だけが、儲けを独占する構造となっている。かつて世界の市場を制した多くの日本企業が、この10年で苦境にあえぐようになったのも、彼らが作る製品が「世界一」ではなくなったからだ。

資本主義の進歩と歩調を合わせ、社会に巨大な変化を起こしているのが、「テクノロジーの進歩」だ。人々の働き方にも巨大な変化をもたらしているその実例として、瀧本氏はスクリーンに二人の男性の写真を投影した。

「この人たちは何をしているんでしょうか?」
「駅員さん」「キップを切ってます」

片方の写真の駅員は、何十枚も並んだキップを前にして座っている。昔は駅に自動販売機が無かったので、乗客の行き先を聞いて、その値段のキップを駅員が手売りしていたのだ。

「それが今はどの駅もこうなっていますよね」と、瀧本氏は自動改札の写真を次に投影する。

「駅員さんだけではありません。最近AIの進化にともない、あらゆる仕事がどんどんコンピュータ化されています。皆さんが大人になる頃には、『答えが決まっている仕事』のほとんどは、コンピュータや人工知能を搭載したロボットが行うようになることが確実です

そうした未来に生きていく子どもたちは、どのような力を身につければ良いのだろうか。

ハリー・ポッターと「君たちの将来」

瀧本氏が次に映し出した写真に、場内から歓声が上がった。「ハリー・ポッターだ!」。投影されたのは、映画『ハリー・ポッター』シリーズの登場人物、ハリーやハーマイオニーたち魔法学校の生徒が横並びに立つ写真である。

「そうだね、皆さん、毎日勉強していて『なぜこんな何の役にも立ちそうにない、三角関数とか平行線の証明とかをやらなきゃならないんだろう』と思いませんか?」

無言でうなずく生徒たち。

「でも実は、皆さんが今学校で習っているのも、ハリーたちと同じ『魔法』なんです」

瀧本氏がそう言うと、生徒たちは「どういうこと?」と言いたげに、ぐっと席から体を乗り出して耳を傾けた。

「現代の魔法というのは、科学と技術です。過去の偉人たちが発見した偉大な真理や発明が、いまの私たちの生活を支えています。例えば飛行機。150トン以上もある鉄の塊が、日本とアメリカの間の空を飛んでいくなんて、江戸時代の人が見たら『魔法だ!』とびっくりしますよね。そうした技術を支えている根本は、皆さんの多くの人が嫌いな『数学』なんです」

もしも人類が三角関数を発明していなければ、飛行機を飛ばすことも船を運行することもできない。電車のモーターや車のエンジンを作ることも不可能だ。現代社会の「魔法」はここ20年でさらにスピードを上げて進化し続けている。

「今から34年前に描かれた漫画のドラえもんに、『おこのみボックス』というひみつ道具が出てきます。小さな箱に『テレビになあれ』というとテレビになって、レコードで音楽を聞くことも、カメラにもなる。

それってつまり、皆さんが持ってるスマホですよね。スマホはさらに、ゲームもできれば電話やLINEで友だちと連絡を取り合ったりもできます。わずか30数年前の『夢の道具』が、それ以上の性能で、現実になっているんです」

医学の進歩でいえば、これから人間の平均寿命は100年を超える時代になるとも言われている。米国の起業家イーロン・マスクが経営するスペースX社は、人類を火星に送り込むことを真剣に目指してロケットを開発している。

今日の瀧本氏の講義を聞く彼女たちが大人になる頃には、道路を走る車の多くはAIにより自動運転になっている可能性が高い。20年前に今のスマホの隆盛を予見できた人は誰もいなかった。テクノロジーの進歩がもたらす未来は、現在を生きる我々の想像力をきっと超えるだろう。

「そうした技術の元になっているものこそ、今、皆さんが学校で習っている数学や自然科学です。つまり今、皆さんは学校で、『魔法の元』を習っているんです」

瀧本氏は、学校で教えてくれる学問の重要性について、次のような小咄を例に解説する。

「昔、中国の田舎に、数学がすごくできる中学生がいました。ある数学の研究者がその子の才能を見抜いて、『君は都会の学校に行って、数学の勉強をするべきだ』とアドバイスしました。しかし、その子の親は『うちで農業を手伝わせます』と進学を止めたのです。

何年かして研究者がその子に再会すると、彼はこう言いました。『先生、僕はすごい発見をしました。この公式を使うと、あらゆる2次方程式が解けるんです』。彼が見せたのは、皆さんが中3で必ず習う『解の公式』でした」

生徒たちがどっと笑う。「ゼロから車輪を再発明する」ようなことは、時間の無駄でしかない。すでに解明されている真理や、かつての人々が見出した知見、発明された技術は、できるだけ効率的に学ぶことが、新しいものを生み出すためには必要なのだ。

ナイチンゲールが偉大なワケ

「この人の顔は、きっと見たことがあると思います」

そう言って瀧本氏が映し出したのは、今から200年近く前のイギリスで、当時の世間の「常識」と戦い、医療の進歩に多大な影響を与えた女性、フロレーンス・ナイチンゲール(1820〜1910)である。

「ナイチンゲールという人は、何をした人?」
「看護をした人」
「そう、みんなそう思いますよね。でもそれはナイチンゲールの偉大な功績の、実は半分でしかありません。意外なことにナイチンゲールは、皆さんの多くが好きではない、数学の専門家だったんです」

看護と数学? いったいどういう関係があるのだろう、と生徒たちの顔にとまどいの表情が浮かぶ。

「兵士が戦争で死ぬのは、鉄砲で撃たれたことが理由だと思うでしょう。でも実際には、その30倍もの兵士が『きちんと看病されないこと』で死んでいたんです。ナイチンゲールはロシアとオスマン帝国の間で起きたクリミア戦争に派遣されたとき、重症を負ったわけではないのに、死ぬ兵士があまりにも多いことに気づきました。

床や壁は腐り、ゴキブリが這い回って悪臭が立ち込める戦地の病院には、医療物資や薬品も足りなかった。その不衛生な環境で、抵抗力の弱った兵士たちは感染症にかかって、ばたばたと死んでいたのです。

ナイチンゲールがすごいのは、そのことに気づいた後で、兵士たちを看護するだけでなく、彼らの死因をきちんとした統計データにとり、一目でわかるグラフにしたことにあります」

その当時は、棒グラフも円グラフも普及していない。ナイチンゲールは独自に「コウモリの翼」と呼ばれる円グラフを作り、兵士たちの死因の統計を1000ページ近くにもなる報告書にまとめ、イギリス女王が直轄する委員会に突きつけたのである。

ナイチンゲールがこの時に明らかにした、客観的なデータにもとづく医療施設の衛生環境の改善がなければ、現代の病院における死亡率も大きく変わっていたかもしれないのだ。ナイチンゲールは裕福な家庭に生まれたことから、幼少の時から最高の教育環境を与えられ、語学や文学、そして数学や統計学を学んでいた。

彼女がやり遂げた人類史に残る大きな「仕事」は、彼女が看護師になるずっと以前に学んだ「数学」と「統計学」によって達成されたのである。

続いて瀧本氏がナイチンゲールと比較の対象として、「残念だった人」として紹介したのが、文学者としては超一流の作品を残した森鴎外だ。当時最先端のドイツ医学を学んだ森鴎外は、明治時代に国民病と呼ばれた「脚気」の原因を、「脚気菌」という細菌が起こしている結核やコレラと同様の伝染病だと考えた。

「しかし脚気の本当の原因は、ビタミンB1の不足であることは今では常識です。当時も、ビタミンB1を多く含む麦を食べている人は、脚気にならないことがわかっていた。しかし陸軍軍医のエリートであった森鴎外は、その事実を無視して『食事なんて関係ない』と主張し続けた。

その結果、日清・日露戦争で何万人もの兵士が脚気が原因で命を落としました。多くの人々の役に立つ、新しいことを発見するポイントを、私たちはナイチンゲールから学ぶことができます。それは『思い込みではなく、誰もが納得するデータを集めること』なんです」

憲法ってナニ⁉

瀧本氏が次に紹介したのは、ベアテ・シロタ・ゴードン(1923〜2012)という女性だ。瀧本氏が「皆さんこの人を知っていますか?」と問いかけるが、誰からも手が上がらない。しかしこの女性こそが、わずか22歳にして、男尊女卑で女性が虐げられていた終戦直後の日本社会に「男女平等」という概念をもたらした人物だ。

「このベアテという女性はオーストリア生まれのユダヤ人で、親がピアニストでした。幼い頃から日本をふくむ世界中で暮らしたことから、日本語、フランス語、ドイツ語、英語など6ヶ国語に堪能となり、太平洋戦争の開始後その語学力を活かして、アメリカ陸軍の情報部や『タイム』という雑誌社で働きました」

ベアテはタイム社で働いていたとき、非常に優秀でありながら女性であるという理由で、リサーチ・アシスタントとしての仕事しか与えられなかった。当時のアメリカも男女平等の国ではなかったのである。

太平洋戦争が終わると、ベアテはGHQの職員に応募し、両親が暮らしていた「第二の故郷」である日本に帰ってきた。そして民主国家として日本が生まれ変わるための「日本国憲法」の草案づくりに携わる。

ベアテらに与えられた草案づくりの期間は、わずか9日間。彼女は持ち前の語学力と、リサーチャー時代に培った調査力を活かし、世界の国々の憲法を読み比べて、日本国憲法に明記されることになる「男女平等」の理念の土台を作ったのである。

 

日本国憲法第24条
一婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
二配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 

「いま皆さんがこれを読むと『当たり前』と思うかもしれません。しかし戦前は、まったく当たり前ではなかったのです。まず女性には『財産権』という自分の財産を持つ権利が認められていなかった。

日本だけでなく、当時、世界でも男女平等の国はほとんどありませんでした。イギリスで1813年に刊行されたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』という小説は、夫がいない女性が、父親が死ぬと財産が国に没収されてしまうので、急いで良い結婚相手を見つけうようとする、という筋書きです。日本国憲法ができた1946年の時点でも、ベアテが草案を作ったこの2つの理念を憲法に明記した国家は、世界でもきわめてまれでした」

重要なのは、「日本国憲法というのは、日本人だけで作った憲法ではない」ということだと瀧本氏は言う。

「日本国憲法は、アメリカやドイツをはじめとする世界中の憲法の『いいとこどり』をして作った憲法なんです。ベアテは6ヶ国語ができたから、世界中の憲法を集めて読み込み、日本国憲法に活かすことができた。ベアテがもしいなければ、日本国憲法に男女平等を明記した24条が明記されることは、ほぼ無かったでしょう」

実際、草案についての話し合いで日本政府側は、24条について『日本には男女同権の土壌はないから受け容れられません』と反対したという。だがGHQ側のリーダーが「この条文は日本で育ち、日本をよく知っている通訳のシロタさんが書いたもので、日本にとって悪いことが書かれているわけがありません。彼女のために通してもらえませんか」と主張して、残されることになったのである。

ルールを作るのはあなたたち

 

「ちなみに憲法の『いいとこどり』をしたのは、ベアテだけではありません。皆さん、『憲法』という言葉を日本で最初に使ったのは誰だかわかりますか?

しばらく生徒たちはざわざわと話し合ったあと「……聖徳太子?」という声が上がった。

「そのとおりです!じつは聖徳太子も、憲法をゼロから自分で作ったわけではなく、よその国の憲法を『いいとこどりして』十七条憲法を作っています」

聖徳太子の生きた時代、日本は海を隔てた中国大陸の大国・隋に脅かされていた。隋の周辺にあったアジアの国々は、隋に対する朝貢を欠かさず、日本もその例外ではなかった。

聖徳太子は、国家として日本がきちんとした仕組みを整えなければ、いずれ隋に征服されてしまいかねないと考え、隋と同レベルの国となるために、十七条憲法や冠位十二階などの制度を整えた。瀧本氏は「それらはほとんど隋の制度や条文を『いいとこどり』したものです」と指摘する。

「十七条憲法の中でもっとも有名な言葉、『和をもって尊しとなす』も、中国の偉大な思想家・孔子の『論語』に出てくる言葉からとっています。しかし聖徳太子のすごいところは、隋という当時の世界最大の国から、いちばん良いところを学び、その本質的な精神を自分たちのものにしたところなんです。

ちなみに真似された隋という国のほうは、法を作ってもきちんとそれを実行しなかったため、社会も政治も乱れ、わずか30年で唐に滅ぼされてしまいます。聖徳太子は十七条憲法をもとに、その法に流れる精神をちゃんと実行した。だからこそ『和をもって尊しとなす』の精神は、今も日本に残り続いているわけです」

瀧本氏は、四天王寺中学の礎である敬田院を作った聖徳太子について、解説を続けていく。

「皆さん、聖徳太子って、どういうイメージですか? なんとなく昔からの伝統とかを重んじる人、という感じを抱いていませんか。それは、ぜんぜん違います」

聖徳太子の事跡のなかでも、後の日本の歴史に多大なる影響を与えたことの筆頭といえば、仏教の国教化が挙げられるだろう。もともと仏教は、当時の日本に存在しなかった宗教だ。それまで日本は太古からの自然信仰に基づく、八百万の神を奉じる国だった。国家としての祭りや祈りも、すべて神に奉じられていたのである。

「しかし聖徳太子は、『これからは仏教の時代だ』と宣言して、十七条憲法の中にも『三宝を敬え』と書き、各地に寺を建立して広げていったわけです。もちろんこの改革に猛反対にあいます。

聖徳太子は、伝統の破壊者であり、創造者だった。四天王寺に学ぶ皆さんには、ぜひ聖徳太子の根本にある『他のところから良いことを学ぶ』『伝統に従うのではなく、自ら伝統を作り出す』精神を学んで欲しいと思います」

講義のなかで、瀧本氏は、「鉄の女」と呼ばれたイギリス首相のマーガレット・サッチャーや、63歳で国連難民高等弁務官になり、多くのクルド難民を救った緒方貞子氏らの軌跡を紹介していった。

そして最後にまとめとして、次のように語った。

「今日の話では、22歳の女性でも国の根本を変えるような憲法が作れるし、国連でまったく働いたことがない高齢の女性でも、ルールを変えて人を救うことができることを話しました。つまり『新しいこと』は、いつも世の中の新人が始めるんです。

昔のヨーロッパで、天動説が地動説に変わったのは『世代交代』が理由でした。天動説の信奉者は、結局死ぬまでそれを信じていた。『天動説はおかしい』と考える、新しい考え方を持つ若い人が世の中の多数派となったとき、初めて地動説が『定説』になったのです。

皆さんは若くてどこの世界に行っても新人です。でもそれゆえに、世の中を変えられる可能性が、大人よりもずっと大きいんです」

いつの時代も新しい発見は、常に若くて古いパラダイムに染まっていない新人によってもたらされる、と瀧本氏は力強く語った。

「では、今日の最初の質問に戻ります。皆さんは、何のために勉強するんでしょうか?」

誰かいるかな、と瀧本氏が広い会場を見回すと、おずおずと手を上げる一人の生徒がいた。マイクを渡された彼女は、次のように述べた。

「……私たちは今は何者でもないけれど、未来には何にでもなれる可能性があると思います。だからこそ、今興味が持てないことでも、勉強する価値がある、ということではないでしょうか」

答えを聞いた場内の女子中学生たちから「すごーい!」という声があがり、大きな拍手が湧き起こった。瀧本氏が今日の講義に込めた思いは、確実に彼女たちに伝わったようだ。

瀧本先生のメッセージ

「そのとおりです。皆さんはまだ若いから、自分たちの物語を作ることができる。自分で脚本を描いて、自分が主役を演じることができる。どこにでもいる女子中学生で、何者でもないからこそ、何者にもでもなれる可能性を持っている。

でも『何者か』になるためには、世の中のみんなが知っていることを知る必要があるし、みんなが知っていることを、違う角度から見られるようになる必要がある。そのためにも、今皆さんが取り組んでいる勉強を、がんばってください。今日の講義はこのへんで終わりです。くれぐれも、数学が大切ということは忘れないでくださいね」

そう締めくくり、瀧本氏は壇上を去った。会場からは生徒と父兄から万雷の拍手が鳴り響いた。

終了後、この日の瀧本氏の講義を聞いた2年生の女子二人に、感想を聞いた。Aさんは「世の中で活躍する人は男性が多いと漠然と考えていましたが、女性で世の中を変えた人がたくさんいることを知りました。将来、私は医学の道に進みたいと思いますが、コンピュータにはできないゼロからイチを生み出す仕事をしたいと思います」と語った。

Bさんは「知識だけが必要な仕事は、やがてAIに置き換わると聞いて、そのとき求められる力は、『自分の考えを言葉にして、他の人に伝えていくことなのではないか』と感じました。今日聞いた緒方貞子さんの話のように、自分が正しいと信じる道を実現するために、今の勉強をがんばりたいと思います」と述べた。

「ミライの授業」で瀧本氏が女子学生たちに伝えたメッセージは、きっとそう遠くない将来、この世界のさまざまな場所で、大きく花開くことだろう。

(瀧本先生の人気記事 「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子供に聞かれたら、こう答えよ はこちらから→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49003)

(取材・文/大越裕)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53586

 

 

 

というわけで、


ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございました

 

 

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今宵はここまでにしとうございます

 

であまた

それではみなさん、おやすみなさい

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自然住宅サンビック 第弐拾工事 コノサカズキヲ

毎度 いつもお世話になっております

N♪です

今週のテーマ曲はあの名曲 Y&TのFOREVERです

 

YouTube Preview Image

Y&Tはカリフォルニア州オークランド出身のハードロックバンドで、名前はビートルズ

「イエスタデイ・アンド・トゥデイ」に由来するそうです

この曲は1982年発表のBlack Tigerというアルバム収録曲です。

西海岸のハードロックバンド、いい曲です。

さて、今回は大事な自動巻きの時計の為に、自動巻き上げ機をメンテナンスしてみた

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この腕時計はイメージです

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正面より

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底面

此処を開ける

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ゴムが切れている

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新しいゴムに交換!!!

無事にメンテナンス終了

クオーツもいいけど腕時計は自動巻きがいいですよね

007でいうとロジャー・ムーアもいいけどショーン・コネリーの

ボンドが好きだみたいな感覚です(感想)

それでは今日の言葉です

中国の詩人于武陵の詠んだ「勧酒」という漢詩です

この歌は別れを詠んだものです。

勧 君 金 屈 卮 
満 酌 不 須 辞 
花 発 多 風 雨 
人 生 足 別 離

左から右に読んでください

   書き下し文

君に勧む金屈卮(きんくつし) 

満酌、辞するを須(もち)いず 

花発(ひら)けば風雨多し 

人生、別離足る

口語訳(現代語訳)

さぁ、この金の杯を勧めよう 

杯になみなみと注がれた酒を遠慮する必要はない 

花が咲くころには雨風が多くなる 
(※楽しみにしていた花は、咲いたらすぐ散ってしまう) 

人の世も同じように、楽しみの後には別れがあるものだ

(不須:「~もちいず」と読み、「~する必要はない」と訳す

井伏鱒二の口語訳

ちなみにこの漢詩には、井伏鱒二が独自の解釈で口語訳をつけています

コノサカズキヲ受ケテクレ 


ドウゾナミナミツガシテオクレ

 
ハナニアラシノタトエモアルゾ

 
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 

コミュ力もリーダーシップもいらない。元Google社員が語る、本当に“優秀な人材“とは

 

コミュニケーション能力」「リーダーシップ」「協調性」――。

長らく日本企業が「理想の人材」としてきた、紋切り型の言葉たち。

「声の大きい人」の意見が通りやすい会社では、

こうした特性も必要なのかもしれない。

そんな人材論に「NO」を突きつけるのが、

Googleで人材開発に従事し、

現在は国内外の企業で人材育成のコンサルティングをおこなうピョートル・フェリークス・グジバチ氏だ。

「性格は関係ない。大切なのは、結果を出せるかどうか」と、ピョートル氏は語る。

出身大学と仕事のパフォーマンスも関係ない。

有能な人材を活かすも殺すも、会社や上司の考え方次第だと指摘する。

日本企業とGoogleは何が違うのか。

いま日本が知るべき、本当の意味で「有能な人材像」とは?

ソ連崩壊後のポーランドで学んだピョートル氏のキャリアと合わせて聞いた。
(吉川慧・ハフポスト日本版)

日本の保守的な会社は「性悪説」 では、Googleは…

――ピョートルさんから見て、日本の大手企業はどんな印象ですか。

日本では大手企業の経営者というと

「黒塗りの車」で常に移動しているというイメージがありますよね。

丸の内や大手町といったビジネス街では、

エンジンをかけっぱなしにした車の中で、運転手が偉い人を待つ。

そんな風景を見ることがあります。

古い保守的な会社は「性悪説」の考え方で動きます。

部下が何をしでかすかわからないから

「トップがすべてをコントロールする。命令に従え」という考え方です。

――では、Googleは?

Googleは真逆の「性善説」です。Googleは非常に自由な会社です。

本社の敷地は「キャンパス」と呼ばれるのですが、誰でも入ることができます。

共同創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、ともにスタンフォード大学の出身。Googleにも同じように自由なキャンパスがほしかったようです。

ふたりとも「黒塗りの車」は持っていないし、ひとりで自転車を漕いで移動している。

軍隊みたいなボディガードも、お連れの人もいない。

2人はGoogleを作った時、普通の会社とは真逆の会社にしようとしました。

「自由を重視して、社員が好きなことに情熱をもってもらおう。

それで成果が出ればいい」と。

これまでにも「マネージャーがいらない」という試みや、

「20%プロジェクト」(勤務時間の20%は自分の企画したやりたいことに使っていい)を実践するなど、非常に自由を重視している会社です。

こうしたGoogleの気風は、創業者たちが幼い頃に

「モンテッソーリ教育」という教育プログラムを受けてきたことも関係しています。

――「モンテッソーリ教育」は、将棋の藤井聡太四段が受けていたことでも話題になりました。どんな内容でしょうか。

「モンテッソーリ教育」というのは、

子供の自主性や知的好奇心を育てるプログラムです。

クラスの編成は、たとえば「3~6歳」「6~9歳」「9~12歳」と、

年齢の異なる子供同士でクラスを編成します。

そうすると、クラス内で年少の子が何か困っていると年上の子が教えてあげる。

先輩に教えてもらった子は、年度が変わると、今度は自分が教える番になる。


「互いに教えていく」ことが仕組みの中に入っていて、

クラスにはいろんな学習キットや、自分で作れる学習教材が置いてあります。

例えば、絵を描きたいんだったら絵を描くとか、レゴを使って何かを作るとか。

先生の役割はファシリテーションやコーチングです。

子どもが好きなことをやってるときに「何をやってるのかな?」って聞いたり、

子供が学ぶ上で戸惑っているとき「こうしてみるのはどう?」と、

優しく丁寧に説明する。

子どものひらめきを作って、自分で学習できるように。成長志向を育てるんです。

ソ連崩壊後のポーランドで進学を志した

――創業者が受けた教育が、Googleの会社のシステムに影響を与えたんですね。

幼少期や思春期のときの経験は、その人の価値観に大きな影響を与えます。

僕は1975年、民主化前のポーランドの小さな村に生まれました。

当時のポーランドは社会主義の国。国内で反ソビエトの動きが強まっていました。

1980年には「連帯」が結成されて民主化運動が高まった。

そこで国は民衆をおさえるため、戒厳令を敷いた。

食料も配給制になって、

国から配布されるクーポンを持っていないと食料が手に入らなくなった。

――冷戦が終わりに向かう「東欧革命」の真っ只中ですね。

その後、ポーランドも民主化されて、1989年には「ベルリンの壁」が崩壊しました。

僕は当時14歳だった。

いつも笑って話すんですが、僕の村は人より犬のほうが多かった(笑)。

そのぐらい寂れていた。周りの親戚にも、村の中にも、高校にいった人がいなかった。

というのも、社会主義だった時代は大学を出て就職しようと、工場で働こうと、

同じ程度の給料だったんです。だから高校や大学にどんな意味があるか、

みんなあまり分かっていなかったんです。

当時の僕はこう思いました。

「民主化が進めば、世界が変わっていくんじゃないか」

「企業の民営化が進めば、知識・知恵・専門性の価値が高まるんじゃないか」と。

そこで僕は高校に行くことにしました。

でも、地元の景気は非常に厳しかった。

タダ同然の金額で海外企業が工場を買収したかと思えば、どこも撤退、撤退、撤退。

失業率がとても高くなって希望が見えない人たちが増えた。

ポーランド人はお酒が好きで、アルコール中毒が社会問題化した。

僕の兄もそれで亡くなりました。

――冷戦後のポーランド、大変な状況を目の当たりにされたんですね。

1993年、18歳の時でした。お金がなく、高校に通えなくなり、

大学進学も難しくなった。そこで、ドイツに出稼ぎに行って、

建設現場で肉体労働者として働いた。

1日で父の月給の2~3倍を稼いだこともあった。

「高校に戻らなくてもいいかな」とも思った。

そんな時、母が病気になって、入院したんです。

一度帰国して、お見舞いに行ったら、母はこういいました。

「あんたさ、勉強好きだったでしょ?」。

その言葉を聞いて、高校に戻って、頑張って大学にも通いました。

時代が大きく動いた時、自分の人生はどうなるかはさっぱりわからない。

それでも、時代に合わせて、

「次は、どんなことが起こるんだろう」

「みんなが気づいてないことは何だろう」と考えて、

一歩を踏み出すというのは非常に大事だと思いました。

出身大学は関係ない。採用で本当に大切にすべきこと

――しかし、人は予期せぬ出来事に遭遇すると戸惑います。

戸惑い、怒り、悲しみという感情にはネガティブなイメージがあります。

確かに。でも、そこからどうやってプラスの方向にもっていけるかが大事です。

Googleも創業初期の新卒採用は、創設者がスタンフォード(出身)なので

「まずはスタンフォード、次にアイビーリーグ(アメリカの名門私立大学群)から」という感じでした。

でも、一定の大学出身者ばかりを採用しては多様性がありません。

人種も偏り、ダイバーシティに欠けてしまう。

アイビーリーグでなくても頑張っている人もいる。

そこで、大学のレベルに関係なく採用するようにしました。

地方の小さい大学の出身者も採用しました。

当初、Googleの人事は

「名門大学出身じゃないと人材のレベルが低いかもしれない」と心配をしていました。

でも、実際に採用したら、十分にパフォーマンスを発揮してくれた。

何年も試行錯誤を続けて「結局、何がパフォーマンスに繋がるのか?」

を社内で研究しました。

――どんなことがわかりましたか?

まずわかったことは、Googleでは、

「どんな大学を出たか」

は入社後のパフォーマンスと相関関係がなかったことがわかりました。

次にわかったのは、

「これまでの人生で苦労をしたかどうか」でした。

人生の中で、戸惑ったり、脱線したり、事故にあたり、病気になったり、

浪人したり、好きな人を失ったり…。

そういった苦労した人たち、挫折した人たちは、

会社のなかでパフォーマンスを発揮していました。

挫折というのは、自分自身を見つめ直すチャンスです。

アイデンティティを作り直す機会でもある。

次のチャンスを、自ら探しに行く必要があると考えられるかどうか。

僕の場合は、ポーランドや世界の政治状況や、

高校の時に経済的な理由で一度進学を断念した経験がそうだった。

Googleの人事が見ている4つのポイント

――採用するときに、どんなポイントが重視されるのでしょうか。

例えば、生産業の場合は、勤勉で頑張ってくれる人。

上に言われたことを、きちんと遂行できるかどうかだと言われます。

サービス・エコノミーやナレッジ(知識)・エコノミーの場合は、

「専門性」がプラスされます。

Googleの場合は、クリエイティブ(創造性)・エコノミーです。

「新しい価値を生み出す」ことが求められる会社ので、

その中で実際に情熱、想像力と率先、イニシアティブが重視されます。

採用には4カテゴリの基準があります。

1つは「Googliness」。

言うなれば「グーグルらしさ」ですね。これは面白いことに、

明確な定義がいなんですね。

ただ、Googleを自分なりに解釈し、根本的に情熱的に何かを変えようとしていること。好奇心を持っているかなどですね。

次にリーダーシップ。

自分で手を挙げてプロジェクトを実行できるか。

そして「専門性」。

エンジニアだと測りやすいけど、

営業職などの場合は専門性より知識や教養を見ます。

最後が「general cognitive ability (GCA)」。

根本的に問題を解決できる能力ですね。

新入社員でも、中途社員でも同じ項目が測れる。

「T型人材」は、深い教養や専門性をもって、

いろんな幅広い経験とか、試みとか趣味とかをもってる方が多いです。

マネジメントは「管理」ではなく「確認」だ

――大きい会社だと、社交的でリーダーシップを取れる人もいれば、

あまり人と接したくない内向的な人もいる。

Googleで社員たちは、どのようにパフォーマンスを発揮していますか。

それぞれが、自分に適した仕事でパフォーマンスを発揮できるようにしています。

もちろん営業や外部と接する仕事であれば、

社交性が仕事のパフォーマンスにもつながっている。

コミュニケーションがきちんととれることは大事だと考えています。

コミュニケーションがとれれば、情報やデータ、

人脈など自分の仕事を実行するためのリソースを集められる。

これは非常に大事です。社外との関係は会社としても重視しています。

一方で、エンジニアやプログラマーは、画面に向かって長い時間集中する場面が多い。

非常にシャイな人もいるし、社交的でない人もいるが、

パフォーマンスを発揮できています。

――内向的でも外交的でも、

それぞれ適した仕事でパフォーマンスを発揮するのがGoogleらしい。

ただ、「コミュニケーションをとれること」と「社交的かどうか」は別なのです。

Googleでは、社員が実力を発揮できるようなマネジメントをしっかり回しています。

4半期ごとに「objective key results(OKR)」

と呼ばれている自分のKPIの目標設定を確認します。

これは「管理」ではなく「確認」です。マネージャーと社員の1対1の面談があって、

そこで「いまはどんな仕事してる?」「どこまでできた?」

「どこかで躓いているところはある?」と、丁寧にキャッチアップします。

よく勘違いしている人がいるのですが、

声の大きい人が仕事のパフォーマンスを出しているというのは全く違います。

小さい声で、シャイに見える人でも、

すごく結果を出している人はいる。

見た目と声じゃなくて「結果」と「成果」で評価されます。

「普通の会社」は「普通の人」しか求めていない

――「リーダーシップ」というと、日本では「集団をグイグイ引っ張り目立つ人」という考え方が強いように思います。

本当に大事なのは、

「性格に関係なく、結果を出しているか」です。

エンジニアリングだと、非常にわかりやすいですよね。

プログラムは目に見える。コードをどれくらい書いたか、クオリティも見える。

プログラマーは「コードレビュー」といって、

お互いのコードを読みあうので「こいつはすごい」とすぐ分かるんですね。

客観的に、いかに結果を見て人を評価していくというのは、

アメリカなどのプログラマーは出来ている。

その考え方は、他部署でも活かせる。

人事の仕事、営業の仕事にもとりいれられています。

――「見た目」じゃなくて「中身」が大事、と。

経営者は、やはり「変人」を集めるというのが大事なのかもしれない。

変人というのは、いい意味で、とんがっている。

「出る杭」ですよ。そういう人材を集めれば、

ダイバーシティが増えると思います。

Googleもいろいろな変人を集める会社です。

僕も含めてGoogleに誘われるというのは、「出る杭」だったから。

能力はあるけど、その能力を発揮できるような環境がなかったり、

そういう環境があることを知らなかったり、自分の能力に気付いていない人もいる。

僕はそういう人たちが大好きです。

――でも、そういう人はなかなか「普通の会社」には入れない。

なぜ入れないかというと、普通の会社は「普通の人」しか求めていないからです。

大手企業の新卒採用の担当者からは「普通の人がほしい」

「チームに入ってマネージャーが困らないような扱いやすい人たちがほしい」

とよく聞きます。

でも、そうやって選ばれた人たちって、

その環境の中に入って、そこに残ることしかできないんですね。

いいか悪いは別として。

新卒で入って、年功序列で定年退職するまで給料をもらい、

自己の個性を表現できない。

「終身雇用」の考え方は、これからの時代では通用しない考え方だと思います。

性格がちょっと極端とか、

話し方が極端とか、挫折をして傷が残っているという人たちは普通のところに入れない。でも、彼らはそういうところには入らない方が良い。

彼らは、自分らしく、自分の考えていることを実行できる居場所や、

夢を叶えられるような異国を探している。

で、時々やっぱり挫折しちゃって、困っているときに、

Googleのように安心・安全な場をつくってあげれば、

非常に面白いパフォーマンスが見られるんです。

ひとりひとりがパフォーマンスを発揮するためには

――ひとりひとりの居場所、ということですか。

日本の学校では、すごく優秀な子でも集団生活の掟に従わないと、

いじめにあったり、心を患ったり、周りに潰される傾向がある。

だから、彼らにとっての安全領域を作ってあげるというのが大事ですね

日系のベンチャーでも、

すごく優秀な創立者が「俺が言っているとおりにやれ」

いう社風をつくってしまう傾向は少なくないです。

Googleの場合は、

日本の有名な大企業ではやっていけないような社員が多いかもしれません。

それでも、自分を信頼して、尊重してくれる人間がいれば、

「出る杭」の人であっても建設的になります。自己開示もする。逆に信頼もしてくれる。

上司が部下を信頼し、尊重すれば、それはきちんと返ってくる。

その中で社員が「そっか、自分でもできることがあるんだ」と

「自分にも価値があるんだ」と再確認ができれば、

非常に大きなパフォーマンスを発揮してくれます。

自分にはできないことを実行できる人たちを集めれば、

お互いに尊敬しあえる。自分の部下に「私にはできないことだから、

ぜひ手伝ってほしい」と言えたら、

部下はプライドを持って仕事をしてくれると思います。

吉川慧/ハフポスト日本版

というわけで、


ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございました

 

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今宵はここまでにしとうございます

であまた

それではみなさん、おやすみなさい

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自然住宅サンビック 第拾九工事 垢を流し、塵を除く

毎度 いつもお世話になっております

N♪です

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします

今回のテーマ曲はkansasのDust in the Windです

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プログレッシブ・ロックで有名なカンサスが1978年に発表したアルバム

Point of Know Return(暗黒への曳航)の中の曲

邦題は 全ては風の中に

Dust in the Wind(風の中の塵さ、)と歌うこの曲

「人間はちっぽけな存在であり,たとえ何をしようとも最後には消えてしまう」とうたうこの曲は

「やればできる」「お前はすごいヤツなんだ」的な曲が全盛を極めている今日では

あまり歓迎されないのかもしれません。

しかし、

富も名声も最終的には消えてしまう。

それを「だからなにをやっても無駄」と捉えるか「些末なことに拘るな」と捉えるかによって,

この曲の持つ意味は大きく変わると思います

皆さんはどちらでしょうか?

この曲を聴いて仏教の教えである「無常感」を感じる人もいるでしょう

無常感といえば鴨長明の方丈記、

大火や竜巻、飢饉、地震などの厄災による不安な情勢や、

思い通りにならない作者の人生について、

また日野山における方丈庵での閑居生活の様子と心境が、

整然と簡潔な和漢混交文で綴られています。

有名な冒頭部

ゆく河の流れは絶えずして、

しかももとの水にあらず。

よどみに浮かぶうたかたは、

かつ消えかつ結びて、

久しくとどまりたるためしなし」

 

現代語訳ですと

行く川の流れは絶えることがなくて、なおその上に

もとの水と同じではない

流れが滞っているところに浮かぶ水の泡は

一方では消え、一方では生じて、長い間、同じであり続ける例はない。

 

そこで行ってきました出初式

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そうそうたる偉い人達

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 IMG_9853IMG_9854恒例のハシゴ

今回は女性の方も登場

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 それでは、今回の言葉ですが

「垢を流し、塵を除く」

この言葉はお釈迦様の弟子で有名なシュリハンドク(周利槃特)が

お釈迦様に命じられて精舎を掃除している時に唱えていたと言われる言葉です。

シュリハンドクは大変 物覚えが悪く、自分の名前すら忘れてしまうという話ですが、

ついには自分の才能に絶望し教団を去ろうとしたところ

お釈迦さまの「自らの愚を知る者は真の知恵者である」という言葉を聞いて思いとどまります

でも、彼にはどの修行も無理であった。そこで、お釈迦様が彼に与えた修行は、掃除であった。一本の箒を与え、「 垢を流し、塵を除く」と唱えさせ、精舎を掃除させた。彼は一心に掃除をした。

 何年もたったある日、シュリハンドクはお釈迦様に「 どうでしょうかきれいになったでしょうか?」と尋ねた。お釈迦様は「 駄目だ。」と言われる。どれだけ隅から隅まできれいにしてもまだ駄目だといわれる。シュリハンドクはそれでも黙々と掃除を続けた。
 ある時、子どもたちが遊んでいてせっかくきれいに掃除をした所を汚してしまった。シュリハンドクは思わず箒を振り上げ怒鳴った。「 こら!どうして汚すんだ。」
 その瞬間、彼は本当に汚れている所に気がついた。

 それ以来、汚れが落ちにくいのは人の心も同じだと悟り、ついに仏の教えを理解して、阿羅漢果を得たとされる。そして、お釈迦様はシュリハンドクが一生懸命に掃除をしている姿をいつも手を合わせて拝んだという。

次に使う人のためとか自分の続ける意志を高めるためではない。掃除を続けることそのことが大事なことなのだ。心の垢を流し、心の塵を除くことをし続けること。これがシュリハンドクの行ってきたことなのだ。
 修行とはそのようなものではないのだろうか。

何かだんだんと上を目指して階段を上がるような修行を考える人もいるのかもしれない。しかし、シュリハンドクのように、汚れたらまた掃除をするということは、私たちの生きる姿を表わしてはいないだろうか。

というわけで、


ここまで読んでくださって、

本当にありがとうございました

 

箱根駅伝「シューズ」で見る勢力争い ナイキとNB躍進の理由

http://bunshun.jp/articles/-/5763

昔からマサイ族を参考にしたMBT や(http://www.mbt.com/ja-jp/homepage)

ビブラムファイブフィンガーズhttps://varmee.com/1156

最近ではワラーチと呼ばれる靴?https://ryotaromm.com/huaraches-quality-of-running/

風呂敷みたいな靴https://grapee.jp/82350

アディダスもhttp://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20111202/1038850/?rt=nocnt

とうとうこんな靴?靴下?までhttp://geared.jp/editors/2015/08/fyf.html

薄底VS厚底の戦いはまだまだ続きそうです

 

 

日本教育の“弱点” グローバルな人材が育たない3つの理由

 

 

1991年、ニューズウィーク誌で「世界で最も先進的な初期教育」として「レッジョ・アプローチ」を取り 入れた幼児学校が紹介された。その教育はモンテッソーリを継ぐ画期的な手法であるとして世界中のインテリ層が注目している。 『レッジョ・アプローチ 世界で最も注目される幼児教育』 の著者で、自身も日本で子育て中のアレッサンドラ・ミラーニさんに、その特徴を聞いた。

私がレッジョ・アプローチに初めて出会ったのは、今から十数年前のことです。当時私は、アメリカでしていた、獣医学の研究者という仕事を途中で中 断し、日本に来て、インターナショナルスクールの幼児クラスの教師をしていました。イタリアで幼稚園教師の資格は取得していたものの、現代の、いろいろな 文化的背景を持った子供を預かる国際的なクラスで教えるために、一番ふさわしい教育方法は何かを模索していました。そんな中で出会ったのが、1945年に 北イタリアの小さな街、レッジョ・エミリアで生まれたレッジョ・アプローチという教育法だったのです。

グローバルな人材が育たない日本の教育

 私自身、女の子と男の子、2人の子供の母親なのですが、我が子を最初は日本の公立の小学校に通わせていました。その体験から、どんどんグローバル 化してゆくこれからの社会を背負って立つ人を育てるという観点から見ると、日本の教育には大きな欠点がいくつかあることに気付きました。

 1つめは、教育内容が、子供たちから見て受け身の、知識の習得中心に偏り過ぎていること、そして生徒たちがペーパーテストの結果に縛られ過ぎていることです。

 その一方で、知識を現実の社会や生活と結びつけて、創造的な学習をすること、自発的、かつ批判的な思考をしながら、クリエイティブに物事を推し進めていく力を養うような教育が、軽視されているように感じました。

 2つめは、子供の個性を尊重し、伸ばすような教育がきちんと行われていないこと。特に中学校以降になると、全ての生徒が画一的に、無条件に守らな ければいけない「校則」があります。でも、その校則が何のためにあるのか、子供や家族には説明がありません。ただ決まりだから、みんな守っているからとい うだけ。それを誰も不思議に思わない。そんな環境で個性的な人間が育つのかな、という疑問を持ちました。

 3つめは、自分の考えを積極的に主張したり、他の子と議論したり、ネゴシエーションしたりということを、あまりにもさせないこと。実は、これが一 番問題だと思います。自分とは立場や考え方が違う人と議論したり、コミュニケーションをとったりという機会が少ないまま育てられた子供は、これからどんど ん社会が国際化する中で、様々に意見や利害、立場が異なる人々が一緒に働く場に置かれたとき、チームの仕事に重要な貢献をしたり、イニシアチブをとったり していくことが、困難になると思います。

 

 

 

レッジョ・アプローチが日本の子供の弱点を補う

 本書のテーマであるレッジョ・アプローチは、子供を無力で、大人から一方的に物事を教えてもらうべき、未熟な存在とみなしません。子供を、大人と 同じ権利を持った人間として認めた上で、子供の自発的な選択、発想、意志といったものを最大限に生かします。これによって子供たちの自主性、創造力、決断 力、表現力が伸びていきます。

 レッジョのプレスクールで学ぶ子供たちを見て、よく驚かれるのは、パソコンやプリンター、ウェブカメラといったハイテク機器を使いこなしているだ けでなく、アクリル絵の具や泥、針金といった、ふつうは幼児に触らせないようなものを使って、自在にものを作り出していることです。こうした「汚れるも の」「あぶないもの」から遠ざけるのではなく、子供たち自身が注意して扱えるよう大人がサポートするのが、レッジョの考え方といえるでしょう。

 また、レッジョ・アプローチの教育法には「時間割」というものがありません。その日にやる主な活動のプログラムは、朝のミーティングの時間に子供 たち同士が話し合って決めます。こうしたことによって「指示待ち」人間とは違う、将来、イノベーションを起こせる能力を持った人材が育っていくのです。

 もう1つ重要な点は、レッジョ・アプローチが、グループで話し合い、行動する、つまり「協働」することを重視しているということです。そうした中 で、子供たちは他者とコミュニケーションをとり、ネゴシエーションし、お互いの考え方や好み、立場の違いをすり合わせながら物事を前に進めていきます。本 当の意味での社会性を伸ばしていくことができるのです。

 たとえば、本書の中でも紹介した例ですが、ある4歳児のグループが皆で使っている小テーブルの長さを測ることになりました。彼らはメジャーや物差 しのような道具を持っていないし、使い方も知りません。どうしたと思いますか? 最初は毛糸で測ろうとしていたのですが、両側から引っ張ると伸びて長さが 変わることに気付き、話し合いの結果、引っ張っても長さの変わらないお絵描き用のカラーマーカーを使うことにしたのです。テーブルの長さは「カラーマー カー8本とペットボトルのふた1個分」であることがわかりました。彼らは4歳にして、ちゃんと協議し、皆で協力し合ってものごとを解決する能力を持ってい るのです。

 このような観点から見ると、レッジョ・アプローチには、日本の子供たちの弱い点を補う力があると思います。もちろん、幼児教育だけで教育問題が解 決するわけではありません。しかし、コミュニケーション能力、社会性、創造性といったものの基本的な部分は、子供時代のごく初期に形成され、その人の生涯 にわたって決定的な影響を与える、非常に重要なものとなります。ですから、レッジョ・アプローチの幼児教育を経験する子供は、確実に大きなプレゼントをも らうことになるでしょう。

「最も先進的な幼児教育法」と評価される理由

 レッジョ・アプローチは、1つの固定したメソッドではありません。また一種のマニュアルでもありません。その本質はひとつの哲学であり、子供への アプローチの姿勢です。その教育現場での実践内容は、世界の様々な地域の文化的状況によって変わります。また新しい社会環境の変化に応じて、日々刻々と 「アップデート」されていくものです。

 こうした、ダイナミックに動き続ける仕組みを持った教育法は、いままで世界に例がなかったのではないでしょうか。だからこそ、ニューズウィークを始めとする世界のメディアからも注目を集め、現在、最も先進的な幼児教育法として評価されているのです。

 本書が、これから日本にレッジョ・アプローチが導入されるときの入り口になることができれば幸いです。

 私の本を読まれて、レッジョ・アプローチに興味を持たれた方もいらっしゃることでしょう。しかし残念ながら現在のところ、日本国内には、まだレッ ジョ・アプローチに関する専門の組織や、完全なかたちでレッジョ・アプローチによる教育を行っている幼稚園等はありません。ただ私を含め、数人の教師に よってレッジョ・アプローチを取り入れた教育をしているプレスクールが東京にあります。スクール側の日程と都合が合えば、ご参観いただける可能性がありま すので、幼児教育の専門家や親御さんで参観を希望される方は、下記までお問い合わせください。

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1966年、イタリアのカステルフランコ・ヴェネト生まれ。故郷で幼児教育と学童教育を学び、小学校教員の資格を取得。パルマ大学獣医学科を卒業 後、EUの奨学金でスペインのサラゴサ大学に留学。1993年米国のカリフォルニア大学デービス校に移り、比較病理学の修士号を得る。その後同校の研究者 として勤務していたが、幼児教育への情熱を捨てがたく、縁あって来日した後はその道に専心。約9年前、在日イタリア人やイタリア人とのハーフの子供を教え るプレスクール、ダンテ・アリギエーリ協会東京支部「GGDA」 http://www.il-centro.net/wpggda/ を創設、校長兼教員に就任。レッジョ・エミリアのメソッドを使った教育を実践している。二児の母でもある。

(アレッサンドラ・ミラーニ )

日本教育の“弱点” グローバルな人材が育たない3つの理由

文春オンライン / 2017年12月1日 7時0分

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今宵はここまでにしとうございます

 

であまた

それではみなさん、おやすみなさい

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