昔のDVD④

皆さんこんにちは。HIRO.Sです。

我家の昔のDVD紹介④です。

 

PETER FRAMPTONP1060775ロンドン出身。同じ高校の先輩にデビッド・ボウイがおり、休み時間などによく彼とギターを弾いていた。1966年、アイドルバンドのザ・ハードに参加。身長が170㎝と小柄ではあるものの、繊細な顔立ちの美少年であるが故にティーンエイジャーの人気者となり、1968年には「1968年の顔」ともてはやされる。しかし、アイドル扱いに嫌気がさしたフランプトンは、スモール・フェイセスのスティーブ・マリオット達と密かにミーティングを重ね。1969年2月にシングル「サンシャイン・コテージ」が発売されるや否やハードを脱退、時期を同じくしてグループを脱退したマリオット達とハンブル・パイを結成する。二枚看板だったはずのハンブル・パイだったが、アルバム毎にブルージーでソウルフルなマリオット色が濃くなり、アコースティックなサウンドに惹かれ初めていたフランプトンは、徐々に居場所を失っていく。1972年に、ハンブル・パイを円満に脱退し、フラントンズ・キャメルを結成する。その傍ら、ギタリストとしてジョージ・ハリスンやニルソンのアルバムに参加して腕を磨く。1988年には、中森明菜のアルバム「Femme Fatale」に、ゲスト・ギタリストとして参加。2010年発表のアルバム「Thank You Mr Churchill」には、北朝鮮拉致被害者の横田めぐみさんに捧げられた曲「Asleep At The Wheel」と「Suite:Liberteの前半部分Mebumi」が収められている。

 

BILLY JOEL

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 ウイリアム・マーティン・ビリー・ジョエルは1949年5月9日生まれ、アメリカのニューヨーク州サウス・ブロンクス出身のロック歌手、ピアニスト、作曲家。ポップで親しみやすいメロディー・ラインと、大都会に生活する人々を描いたメッセージ性の強い歌詞で、1970年代後半から1990年代前半にかけてヒットを連発した。代表曲に、「ピアノ・マン」、「素顔のままで」、「アップタウン・ガール」、日本での人気が高い「ストレンジャー」、「オネスティー」などがある。1995年には8度目の来日公演を行い、大阪公演は1月17・18日の2日間大阪城ホールで行われるよ予定だったが、公演当日に阪神・淡路大震災が発生、ジョエルも滞在していた大阪市内のホテルで地震に遭遇している。地震当日の17日の公演は19日に順延されたものの、18日の公演はそのまま開催され、予定通り2日間の公演となった。なお、この時の公演の収益金を、同震災の被災者に対して寄付している。

 

DAVID BOWIE

P1060777本名David Robert Haywood Jones、1947年1月8日~2016年1月10日イングランド出身のミュージシャン、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、俳優。グラムロックの先駆者として台頭し、ポピュラー音楽の分野で世界的名声を得る。役者の世界にも進出し、数々の受賞実績を持つマルチ・アーティストとして知られる。大の日本好きであったことはよく知られており、彼のパフォーマンスには日本文化の要素がいくつも取り入れられていた。ボウイは特に、歌舞伎の様式美や女形という要素に大きな影響を受けた。五代坂東玉三郎に女形の化粧のやり方を教わるとこすらしたが、女形の化粧をそのまま真似することはせず、むしろ女形に両性具有的魅力を見出し、ステージへの対応ができるかを模索した。ボウイが北米市場で成功しようともがいていた1970年代に大きな助けとなったのが服飾デザイナー、山本寛斎との出会いであった。山本は1973年のジギーや1976年のアラジン・セインの衣装をデザインした。1980年頃京都市東山区に住んでいて、京阪電車や阪急電車に乗車している写真が残っている。ボウイの訃報に際し、阪急電鉄は公式ツイッターで、6300系電車をバックに撮られたボウイの写真と共に、追悼メッセージを送った。

おわり

 

 

 


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