昔のDVD②

皆さんこんにちは。HIRO.Sです。

我家の昔のDVD紹介②です。

P1060769LED‐ZEPPELIN

1968年に「レッド・ツェッペリンⅠ」でデビューした彼らは、音楽シーンに衝撃を与えると同時に広い人気を得た。ツェッペリンの残した音楽性や奏法は、今なお後進のミュージシャンに多大な影響を与えているが、政治や社会性に触発されたと思しきストレートなメッセージはほとんど残していない。彼らの長髪やツアーの間の騒ぎなどは「反社会的」と言われることもあったが、1960年代から1970年代前半に多く見られたプロテストソングのような、反体制的な歌詞を歌っていたわけではない。ヘヴィーなサウンド、演奏技術と同時に、ケルト文学などの造詣が深いロバート・プラントの歌詞は高く評価されている。「天国の階段」の歌詞は、資本主義に対する警鐘であるとも言われているが、プラント自身は後のインタビューで「深い意味なんて無い」と語った。また、ペイジやプラントが歌詞や行動を通じてほのめかしていた神秘主義(アレイスター・クロウリーへの傾倒など)やケルト趣味は、バンドの背景に神秘的で得体の知れない危険なイメージを与えていた。

 

P1060770DARYL HALL & JOHN OATES

1972年にレコード・デビュー。1975年8月に発売した4枚目のアルバム「Daryl Hall & John Oates」がBillboard200の17位を記録。翌1976年1月にシングルカットされた「サラ・スマイル」も全米4位を記録。それから「リッチ・ガール」(初の全米1位)、「イッツ・ア・ラーフ」、「ウェイト・フォー・ミー」などヒットを連発した。1980年代以降も、R&Bやソウルのテイストを取り入れたポップスで人気を博し、ブルー・アイド・ソウルと呼ばれるジャンルで最も成功したアーティストの一つである。1991年に活動停止したが、1995年に活動再開を果たした。現在は互いにプロデューサーとしても精力的に活動を続けており、日本での人気が最も高い。ホール・アンド・オーツの略称でも知られる。ちなみに、ベストヒットUSA最多登場の二人でもある。また、全米トップ10入りした楽曲(16曲)の内半数(7曲)はダリルの元恋人であるサラ・アレンとその妹ジャンナ・アレン(1993年に白血病で死亡)との共作である。

 

P1060771ERIC CLAPTON

1960年代からヤードバーズ、クリーム、などのバンドでギタリストとして活動。世界で唯一、ロックの殿堂を3度(ヤードバーズ、クリーム、ソロ)受賞している。「スローハンド」というニックネームで知られる。1970年代には薬物依存症、1980年代にはアルコール依存症・交通事故・胃潰瘍を経験。「いとしのレイラ」の「レイラ」とは親友のジョージ・ハリスンの妻パティー・ボイドを示し、親友の妻に恋心を抱いてしまい、その思いを綴った。その後パティー・ボイドと結婚したが、イボンヌ・ケリーと一年に渡って関係を持ち、1985年1月に娘のルースを出産。1986年にはイタリア人女優ローリ・デル・サントとの間に息子をもうけ、1988年パティーとは離婚が成立した。しかし1991年3月に息子コナー(4歳)がニューヨークの高層マンション53階の窓から転落死する。その時自宅に引き籠っている間、息子の死の悲しみを吐き出すように曲作りに没頭し、3曲を作り上げた。そのうちの1つが「Tears in Heaven」。「もしも、お父さんが天国でお前に逢えたなら、誰だかわかるのだろうか?」という歌詞には、最愛の息子に会いたいと願う父親の思いと、天国に行ったら本当に会えるのだろうか?という切ない思いが込めれれている。波乱万丈の人生を送りながらも、大規模なワールドツアーやアルバム制作などで創作活動を続け、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと並ぶ世界3大ロック・ギタリストの一人とされている。

 

つづく

 

 


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