受賞によせて

  10月24日午後、たいへん光栄なことに県庁で行われた群馬県建設工事表彰式に出席し、建築住宅課課長表彰を受けた。1か月ほど前に受賞の知らせを聞いたとき、むろん初めてであったことと、まさか、自分が現場代理人(現場監督)を務めた工事(6工事、7社の内のひとつ)が、対象になったことへの“複層的な驚き”が、(このような表彰が毎年行われていることさえ知らなかった)まず最初に湧いたので、どのような基準と評価で選ばれたのか、表彰要綱を調べてみた。

第1条 この要綱は、群馬県が執行した建設工事等を、優秀な施工技術によって施工した建設業者等を表彰することにより、建設業等の発展及び技術の向上に資することを目的とする。

(2)部長等表彰   適正な工程管理及び優れた施工技術によって、別に定める工事規模の工事を完成させ、その出来形及び品質が優れており他の模範となる者。

部長等表彰及び特別表彰は、対象工事等について、工事成績評定を基に知事部局の各部(以下「各部」という。)又は企業局、病院局、教育委員会事務局(以下「各局」という。)毎に調査を行い、決定するものとする。

(群馬県建設工事表彰要綱から抜粋)

 

 いただいた賞は、部長等表彰に該当する、工事規模(工事金額)に応じた、課長表彰(建築住宅課課長)ということになる。そして文面をあらためて読むと……

評価基準として「適正な施工管理」「優れた施工技術」「その出来高及び品質が優れており」とまるで露払いと太刀持ちを従えた、横綱の土俵入りのように天晴(あっぱれ)な言葉が並ぶ。凄い!

工事を振り返ってみると顔が火照り、動悸がしてくる。

 さらに。さらにだ。「他に模範になる者」と中学、高校の6年間生徒会に属し、いずれも3年生のときは、生徒会長を務めました的な絶対的優等生を彷彿させる言葉が、僕を圧倒的に威圧し、まるで青菜に塩をかけたように委縮させる……

いかにお役所的な文章であれ、こうも称賛の言葉が続くと正直まいってしまう。

 なぜなら、こうした自負が湧いてこなかったからだ。工事中はもちろんのこと、工事が終わり、早9か月が過ぎ去ろうとしている今も、あの工事全体、細部にわたり「日々是反省」「日々是是正」「日々是進化」のそれぞれ5文字の自分自身への”3つの訓示”で埋め尽くされている。だから、受賞の実感が湧かない。

 しかし。ただ。もしかしたら、いつも自分が起こした現象を詳細に振り返り、「これではまだまだ……まったく困ったものだ」とやや自虐的に反省し、「さてさて、どうしたら次のステージに辿り着けるつけるのだろうか?そのポイントを探そう」というささやかな向上心と「すべてのものは―森羅万象、意識、意志、思考、思想、社会、経済、政治、技術などなどそれらを抱擁する大宇宙とそのフォルムでさえ-進化の途中にある」という極めて楽観的な僕の精神構造とそこか生まれた行動が、微妙にしかも上手く作用したのかもしれない……

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 もちろん、対象工事となった『県立ぐんま学園本館増築工事』の主任技術者の僕だけが受賞したわけではなく、未熟な僕を大きな不安を抱えながらも信頼して送り出してくれた最高責任者の社長と、工事に関わり、信頼の厚い多くの施工業者の中から、とくに骨を折っていただき、推薦させていただいた(有)カワチ鉄工の川田さんと(有)高野仮設の高野さんも受賞された。

 建築は学問的に「総合の学問」と言われるくらい、様々な要素と分野からなる。

 大きく分ければ、構造や材料、力学などの工学的な側面と、デザインや建築史といった芸術的・文化的な側面を併せ持ち、理科系、文科系、芸術系が混然一体となった要素を持っているが、このような簡単な説明では、窺い知れない広く多岐な面を含んでいる。

 建築物には、人が必ず関わるから、個々のライフスタイル、社会的なスタイルを見つめる。すると心理、精神分野にまで踏み込む必要がある。建築物は様々な法律で規定され、出来上がった後は権利関係が発生するから法的分野も介入する。森羅万象、自然の影響を受けるから、地理学や生物学といった側面も考慮され、特に環境に与える影響が大きく、20世紀後半から、エコロジーの立場から進化した環境学が重要視されている。

 このような個別性を総合的に上手く融合させることが、計画や設計に携わる者だけではなく実際建築工事に携わる者にも要求される。もちろん知識も大事だが、特に現場では、精度高くリアルに反映され、細微に生かされなくてはならない。

 建築現場では、それぞれの分野の個性的な工事スペシャリストと豊富な経験を持つ兵(つわもの)たちが多数集まる。その強面ぶりが一堂に会すと、例えて言えば、誕生から40億年の地球における38億年の歴史を誇る生物の進化の中で、バクテリアが大量発生し酸素を生み出した27億年前くらいの進化過程にあるにしか過ぎない未熟な僕の存在は、厳格で実力はあるが口の悪い個性的な審査員が、客席の最前列にずらりと並び、そのクールな視線に晒され、オーデションの課題のひとつであるダンスをステージで小さなスポットライトをひとつだけ浴びて踊っている、行く末の目途が立たないしがないダンサーのようなものだ。正直にいえば、慣れるまで、腰が引き気味で上手く踊れなかった。

 しかし、踊らなければならない。どんな状況でもステップを踏み続けねばならない。踊るんだ。踊るんだ。そう。まるで村上春樹の作品『ダンス・ダンス・ダンス』で、”羊男に励まされて踊り続ける僕”のように。

 現場代理人の僕さえステップを踏み続け、踊り続けていれば、客席の最前席で審査員フェイスでじっと見つめていたり、客席の後ろの方で、腕を組み、手ぐすね引いて待っている、それぞれの工事スぺシャリストと場数を踏んだ経験豊かな確かな技術を持っている兵どもも、俺の出番だとばかりに、ステージに押し寄せ、ステージに上がり、リズムに乗って踊り始める。リズムが正確に快調になる。乗ってくる。愉しい。

 たまに失敗はあるけれど、それ以上失敗しなければいいし、失敗をカバーするようなステップを踏めばいい。印象的にシンクロし踊り続ければいい。必ず挽回するし、小さな失敗はやがて印象の中から縮小していく。良いところが印象的に残るようになる。

 ひとりではとうてい成し得ない、面倒な踊りでも、みんなで踊り続ければ何とかなる。きっと良い物ができあがる。建築とは、その形態の上からもそういうものだと思う。

 法隆寺宮大工として、古代伽藍建築を全うされた、故・西岡常一氏が、法隆寺宮大工の口伝としてこんな言葉を残している。

『塔組は木組。木組は木の癖組。木の癖組は人組。

人組は人の心組。人の心組は棟梁の工人への思いやり。

工人の非を責めず己の不徳を思え』

 もちろん僕などとうてい辿り着けない高いステージの上のものだけれど、そこへ向かうために歩き出すことはできる。この受賞を励みとしてステップを踏み、踊り続けることはできる。

 最後になりましたが、ご迷惑をかけながらも温かい視線で工事を見つめ続けていただいた、ぐんま学園の生徒さんや職員のみなさん。全工事を通し、指導、激励し続けていただいた県の担当の方たち。特に、特に工事に携わっていただいたすべての技術者や職人のみなさん。

そして、裁量権を与え、現場代理人として送り出していただいた社長をはじめ、常にサポートし励ましてくれた会社の先輩、同僚のみなさんに心から感謝申し上げます。

 

              県立ぐんま学園本館増築建築工事 現場代理人 武井繁明

 


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