木になる話 1

―古代の人々は、木の特性を知っていた―

日本書紀 巻一第八段一書第五は、スサノオのこんな台詞から始まる。

ややこしい原文を読み理解できるほどの能力がない僕としては、脳内カオス状況に陥らないため、畏れ多くも先人の博識者の読み下し文を拝借することにする。

“一書に曰く、素戔嗚尊(すさのおのみこと)曰く、「韓郷の嶋には、是れ金(こがね)銀(しろがね)有り。若し吾が兒をして御(しら)さしめき國に浮寶(うきたから)有らずは未だ佳からず」。 乃ち鬚髯(ひげ)を拔き散らす。即ち杉と成る。又、胸の毛を拔き散らす。是れ檜(ひのき)と成る。尻の毛は是柀(まき)と成る。眉の毛は是樟(くす)と成る。已にして其の當(まさ)に用うべきを定む。 乃ち稱して曰く、「杉及び樟、此の兩の樹は以ちて浮寶と爲すべし。檜は以ちて瑞宮(みづのみや)の材と爲すべし。柀は以ちて顯見蒼生(うつしきあおひとくさ)の奧津棄戸(おきつすたへ)に將(も)ち臥(ふ)さん具(そなえ)と爲すべし。夫(そ)の(くら)うべき八十木種(やそこだね)、皆能く播き生う」“

この一節は、古代日本の木の使用方法が、明確に示され、同時に当時の人たちが、木の特性を知り尽くし、物づくりに反映させていたことを物語っている。

さらに解りやすくするために意訳すると、こんな感じかな……

スサノオ尊が言うには「韓国(からくに=朝鮮半島)は、金や銀の鉱石鉱物が産出する。 それらを輸入するために、もしもわたしの子孫が納める国に、浮宝(ウキタカラ=船)が無ければ、困るだろう」 そこでスサノオ尊が、髭を抜くと杉の木になりました。 胸毛を抜くと桧になりました。 お尻の毛を抜くと槙(マキ:高野槙)なりました。 眉毛は樟(クスノキ)になりました。 さらにスサノオ尊は、これらの木々の用途を決めました。

「杉と樟は船に使いなさい。桧は宮殿を作るのによい。槙は人々の棺桶に使いなさい。その他の食べる八十木種(ヤソコダネ=沢山の種子)はよく蒔いて、育てなさい」

ご存知のように日本書紀は、持統天皇の時代に勅修された、日本の中央集権国家の基礎を築いた、天武・持統両天皇(夫婦)肝いりの日本の歴史書。いわゆる「正史」で天皇家の正当性を揺るぎなく第一に知らしめるためにつくられました。その中で、国生み、神生みの創造神イザナギ、イザナミの子として、天照大御神(アマテラス=天皇家の祖)の弟として、描かれているのがスサノオですね。

そのスサノオですが、高天原に糞を投げ入れ、姉のアマテラスの怒りを買い、高天原を追放されてしまった暴れん坊として、母のイザナミが、黄泉の国に行ってしまったことを悲しみ、大泣きする甘えん坊として、また、出雲の国で暴れまわる八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を草薙の剣で退治し、人々を救う英雄として多彩なキャラクターを持つ、神話時代を彩る中心的登場人物です。

そのスサノオが、当時の国際経済状況を把握し、国家的な経済戦略として造船事業を奨め、さらには、木の特性を生かした物づくりに言及し、知的な面も見せているのがこの一節です。

実際、杉の赤身(芯材)と強い芳香を放散する樟は、水に強く、腐りにくい特性を持ち、弥生時代の遺跡から、杉の大木や樟をくりぬいた船や、稲作で使用した田船(田植えのとき、苗を入れて浮かばせ使用した)、田下駄など、水に対応するための道具が、多数発掘されています。 語るまでもなく、桧は古代より天皇の宮や豪族の館、大伽藍、神社の材料として使用され、現在まで、最良にしてもっとも信頼できる建築材料として揺るぎない地位を保ってきました。繊細な肌理の美しさ、高貴ささえ感じる独特の芳香性。確かな強度特性と耐久性が、宮を作る材料として貴ばれ、その期待に応え、法隆寺を始め、古代の姿を今に伝えています。 現代ではあまり馴染みのない槙(建築材料としては、高野槙)ですが、耐水性と耐腐朽性は桧を凌ぎ、弥生時代、古墳時代の木棺として出土し、後世には、浴室の材料として中部、関西地方で広く使われてきました。現在では、植林がほとんど行われなかったため、希少性のある高級耐水材料として、浴室材料などに稀に使われています。

もちろん木の特性をスサノオが初めて発見したわけではなく、スサノオが実在したわけではなく、この神話が生まれた背景には、少なくとも日本書紀が成立した6世紀前半には、木の特性が広く知られ、特性を生かした建築、物づくりが、広く行われていた事実があったことが核心にあり、前述したように発掘された遺物から証明されています。

“適材適所”という言葉がありますが、縄文時代から続く、気が遠くなるほどの年月をかけた日本人の“木の体験による木の文化の蓄積”によって生まれ、建築に生かされ、継続してきたことで生まれた言葉だと思います。また建築の材料配置や組織の人材配置だけではなく、あらゆる分野で、広くそれぞれの特性を生かした最良のシステムの奨めだと思います。

古代の出来事を投影させることで生まれ、今は語られることが少なくなった数々の神話は、古代の人々が身に着けていた知識を反映している場面を多様に展開させたもので、この一節は、実在なき神話時代のヒーロー、スサノオに木の特性の知識と実情をスポークスマンとして語らせた一場面で、神話が教えてくれる古代の貴重な実情のひとつです。

伊集院君


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